ときめきLOVERS
薄暮のあと
俊視点。
急遽、一緒に行くことになった蘭世との夏祭りは、
まだ夕暮れ時だったが、すでに大勢の人が神社の境内に訪れていた。
そしてその隣にある広い公園では、中央にやぐらが建てられ、
まだまばらではあったが、徐々に盆踊りの輪ができつつあった。
蘭世は初めて目にする夏祭りに心躍らせながらキョロキョロとあたりを眺めていた。
制服だとまずいからと一度家に帰って着替えては来たのだが、
周りはみんな浴衣姿が多いことに蘭世はとても残念がっていた。
「みんな浴衣着てるね。私も浴衣にすればよかったな~」
蘭世がそういうのに何でも一緒だって答えると
「もう。女心がわかってない!」と蘭世はぷっと膨れてしまった。
実際何を着たって中身は一緒なんだからとそう思っただけなのに
女はすぐこんな風にすねるから、つい女なんて面倒くせぇと思ってしまう。
それでも蘭世のこういう態度は何故か他の女とは違う、どこか許せるものがあった。
「はいはい、すみませんね」とだけ軽くかわしたが、
蘭世の怒りも見せかけだったようですぐニコニコした笑顔に戻っていた。
単に話の成行きのようなもので祭りに来ることになったが、
蘭世のこんな嬉しそうな笑顔を見ると、来てよかったと思う。
蘭世が自分の発する言動によってふと悲しい表情を見せることに俊はいつからか気づいていた。
そしてその表情を見たとき、自分の胸がギュッと締め付けられるような感覚を
覚えることにも…。
この痛みが一体何なのか…。
それを自分に問いかけたことはまだない。
いや、何度かは問いかけようとはした。
しかし、正解が出るのかもわからなかったし、またその答えが出たとき、
自分がどうなってしまうのか、想像すらつかなくて恐怖にも似た思いが走るのだった。
ただ、答えが出ようが出まいが、蘭世によって自分が徐々に変化していっていることは
まぎれもない事実だった。
それは、自分の意志とは関係なく、ついそうしてしまう…そう言ってしまう…。
今回のことだったそうだ。
自分はただ単に補習が終わったことに安堵し、解放感しかなかったものだから
蘭世は寂しがっているなんて思いもしていなかった。
だから彼女が今にも泣き出しそうな顔になったのを見て面食らったとともに、
また自分が何かくだらないことで傷つけたのではないかと焦ったのだ。
しかし、彼女が落ち込んでいる原因を知った時、心臓が大きく弾け
そこからその周囲がほんわり温かくなり、その温かみが顔のほうにまで
達してくるのがわかって、慌てて蘭世に背を向けてしまった。
背を向けて自分の気持ちを悟られないようにしながら考える。
その時ハッとした。
(そうか…始業式まで会わねえのか…)
そう思った時、蘭世の気持ちがなんとなくわかった気がした。
どうしたらふと口をついて出てしまったのだ。
祭りのことは少し前から頭にあった。
神社は俊の登校途中にあるし、準備しているのも目にしていたのだ。
毎年この時期に行われる夏祭りは子どもの頃はよく行っていたけれど
最近では遠のいていた。
しかし、実は今朝ふと思ったのだ。
・・・アイツも祭りとかいったりするのか?・・・って…
俊にとっては珍しいことだ。
祭りそれを結びつけたものは蘭世の姿だった。
その時はホントにふと思っただけでまさか自分が誘うことになろうとは
思ってもいなかったが、もしかしたらずっと心にひっかかっていたのかもしれない。
蘭世の鈍い反応に苛立ちと恥ずかしさに耐えかねて、また気の利かない誘い方をしたものだと
自分でもあきれたが、そんなことは蘭世にはなんの関係もなかったようで
それまでとは打って変わった嬉しそうな顔に思わず言葉を失った。
それくらいのことで、そこまで喜ぶなんて思いもしなかったから…
そしてその表情を見た途端、白くて細いその腕を引き寄せて抱きしめてしまいたくなった。
気持ちを抑えることには慣れているが、このときほど抑えに難儀したことはなかった。
それでも自分の気持ちを確かめる勇気はまだ出ない…。
*****
境内へと続く参道の両脇にはたくさんの夜店も出ている。
赤みを帯びた明りが暗くなりかけた辺りをほんわりと照らしていた。
蘭世はその迫力に面食らうばかりだ。
「うわ~」
思わずこぼれた感嘆の声に俊はふっと笑った。
「子どもみてぇ」
その言葉に蘭世はポッと赤くなる。
「だ、だって…こんなの初めてで…」
その恥じらった仕草に俊は心臓がコトリと動くのを感じた。
今日はいったい何度目だ…と小さく息を吐く。
自分の調子が狂うのは疲れるが、それを嫌だとは思わない。
ただ、嫌だと思わない自分にもまた調子が狂う。
それが今日は特にひどい。
とにかく自分の動揺に気づかれるわけにはいかないから
俊は「ほら行くぞ」となんでもないフリをした。
+++++
蘭世の腕には金魚の入った透明の袋。
中身は俊がとってやったものだ。
「お前、どう考えても下手くそすぎるだろ」
蘭世は自分で7回挑戦した。
しかし、2回目、3回目…と進めても蘭世は失敗の経験を活かせることなく、
あっけなくポイはものの数秒で見事に破けてしまうのだった。
8回目に挑戦しかけた蘭世を俊は見かねてそれを制した。
このまま挑戦し続けても金魚屋を手放しに喜ばせるだけだと自分が代わった。
自分もそれほど得意なわけではないが、7匹ほど軽くすくえた。
そのうちの意気のいいのを5匹もらってそれを蘭世にやったのだ・
「真壁くん、すごいね~」
先ほどからその言葉を繰り返す蘭世に俊は
「だからお前が下手すぎるの」
「コツをつかむ前に真壁くんが取り上げちゃったんじゃない」
「7回もやってつかめねえんじゃ100回やっても一緒だよ」
「そんなことないもん」
そういいながらも蘭世は「あ、あれならできるかも」と言って
射的の店に駆け寄った。
「おい、走るなよ」
そういって蘭世の後をあきれながらも追いかける。
それでも蘭世はとても楽しそうだし実際俊も楽しかった。
こんなに祭りが楽しく思えたのは何年振りだろう。
「見ててよ。真壁くん」
そう言いながら射的の銃を蘭世が構える。
「その構え、なんだ?」
蘭世がまたけったいな持ち方で銃を構えている。
「ダメ?」
「こうだろ」
そういって俊が蘭世の腕を背後からつかむと、蘭世はびくっと硬直した。
その動揺がこちらにまで伝わってくる。
(な、なんだよ)
照れくさくなってさっさと身構えさせると俊は蘭世から離れた。
「こ、こうね。ありがとう。じゃあ打つよ」
パンっと弾けた銃弾の行先は並んだ的に何の変化も起こさせなかった。
「ぶっ…お前、どれ狙ったんだ?」
思わず噴き出す俊に蘭世は真っ赤になる。
「あの赤くて四角いヤツ…でも今のは感覚の練習だからもう1回ね」
弾は3個ある。まあ初めてなんだしと真剣な眼差しの蘭世を見守るが
真剣にしているほど可笑しくなってくる。
そして案の定2個目も大きく外れる。
「くくく・・・」
笑うと怒るから声を殺して笑うがもちろんばれる。
「もう!次は必ず!」
+++++
結局、計9弾試したものの、的にはかすりもせず蘭世はがっくりうなだれた。
「貸してみろ」
俊はそういって蘭世から銃を奪う。
「どれがいい?」
そういうと蘭世はピンクの丸い置物を指定した。
俊が狙いを定める。
そして打った瞬間、その的はパタリと後ろに倒れた。
「わっ!すごい!一発で?」
「次は?」
俊は得意げな顔で蘭世にほほ笑んだ。
+++++
「すごーい。3発とも当てちゃった」
「ざっとこんなもんだ」
俊は3投目も的確に当てた。
射的は小さいころから得意だったから腕には自信があったのだ。
蘭世からの称賛を浴びていると的屋の店主が箱を持って近づいてきた。
「兄ちゃん、景品はどれにする?」
そういって店主が景品の入った箱を見せた。
中にはいろんなおもちゃや小物など雑多に混じって放り込まれていた。
俊はざっと見渡したがとりわけ欲しいものがあるわけでもないし、
射的そのものに興味があっただけだから蘭世に言った。
蘭世が興味深そうに隣で覗き込んでいたからだ。
「お前、選んでいいよ」
「え?私?いいの?」
「ああ」
「じゃ、じゃあねぇ…」
と言いながら蘭世は真剣に景品を選び始めた。
そして小さく「あっ…///」ともらした。
「何だ?」
「あ…えっと…どれでもいいの?」
「あぁ…別に俺いらねえし」
「じゃ、じゃあ…これ…」
そういって蘭世は袋に入った何かきらっと光るものを手に取ると、
そのまますくっと立ちあがった。
「これ!これいただきます!おじさんありがとーー」
そういって蘭世はその場から突然駆け出した。
「え?あ、ちょ、ちょっと!おい!」
俊は瞬時に顔を見合わせた店主に軽く頭を下げて走り去る蘭世を追いかけた。
+++++
人ごみから少し外れた先で追い付いて俊は蘭世の腕をつかむ。
「待てよ!何だよ急に。はぐれても知らねえぞ」
そう怒鳴りながら蘭世の体を自分の方に向けると
蘭世は真っ赤な顔で俊を見ていた。
「…どうした?」
「…ううん」
そういって蘭世は首を横に振ったが納得できるはずもなく、
胸の前で握りしめている両手をつかんだ。
「何を選んだんだ?」
そういうと蘭世はかたくなに手を握りしめる。
「見せろよ」
「やだ」
「俺がとった景品じゃねえか。見る権利はある」
「真壁くんが選んでいいっていうから…これは私のモノ!」
「バカ!別に欲しいなんて言ってねえだろ。何か見せろよ。気になるじゃねえか」
「だ、だって…あきれるもん。絶対!」
「それは見てから俺が判断する」
「だめーーー」
「うるさい」
そういって俊は蘭世の指を力づくでこじ開けた。
そこには…
透明の袋に入った銀色の小さなおもちゃの指輪があった。
赤い小さな石がキラリと光った。
さっき目に入った光はこの石だったのだ。
思わず言葉を見失う。
ぼーっと見ている間に蘭世はまたぎゅっとそれを握りしめて俊に背を向けた。
「そ、そりゃ、私が勝手に選んだものだけど、
真壁くんがとってくれたことに変わりないから…」
「・・・」
「お、お守りにするの!全部当てちゃったんだもん。
ほら、何かいいことあるかもしれないし…」
俊は蘭世の言葉を黙って聞いていた。
女性が指輪を欲しがる理由はいくら色恋事に無頓着な俊でもピンときた。
それがどういう意味なのかわかってしまったからどう答えていいのかわからなかった。
だが、その蘭世の背中がひどく愛しくて俊の心臓はまた大きく鳴り続いていた。
蘭世が指輪を選んだことに、そしてそれを恥じらいながら隠す仕草も
何もかもが俊の心を捉えてしまった。
自分をこんな風にかき乱す蘭世に腹が立つ。
しかし、その怒りの奥に湧き上がる甘い疼きを抑えるのに俊は必死だった。
蘭世の気持ちは知っていた。
以前、面と向かって告げられたことがある。
なんとなくなかったことにしてしまったけれど…。
あの時と同じ。
抱きしめたがる腕を押さえる。
抱きしめてしまうのが怖いのだ。
俊はゆっくりと息を吐いた。
全身を駆け巡る動揺と緊張と焦燥を息とともに吐き出して気持ちを整える。
そして蘭世の肩をつかんでゆっくりと振り向かせた。
まだ真っ赤な顔をして俯いている蘭世を見た。
鼻の奥がツンとする。
肩を乗せた手を引き寄せるとたぶん簡単に蘭世の体はこちらに倒れてきそうだった。
しかし、そうするのはなんとなくまだ早い気がした。
俊は手を蘭世の肩からはずしそのまま右手でポンポンと蘭世の頭を撫でた。
はっと蘭世が顔を上げる。
きょとんとしたその表情に幾分主の心は持ち直した。
「ホント子どもみてぇ」
「…なっ…///」
「別に逃げなくても」
「だ、だって…恥ずかしかったというか…///」
「置き去りにされた俺の方がよっぽど恥ずかしいだろ」
「あ…ご、ごめんなさい」
蘭世の顔がさっと青ざめる。
コロコロと表情を変える蘭世を見ているとホント飽きない。
多少心を乱されることはあるが、それはそれで厭わない。
俊は自分の気持ちがゆっくりと開けていくのを感じていた。
そしてその奥にある気持ちの答えが少し見えかけていることも…。
「ま、お子ちゃまにはそのおもちゃで十分だな」
「な、なによぉ…」
再び顔を赤くして怒る蘭世に俊はふっと笑って左手で蘭世の右手をとった。
「…えっ…///」
パッと蘭世が俊を見つめた。
しかし、俊はそっとその視線から瞳を逸らせた。
「お前、絶対迷子になるからな」
そういってつかんだ手のひらを引いて歩きだした。
心臓はまだうるさいくらいに動いている。
それでも今はこのつないだ手を放したくなかった。
汗ばんでも、あともう少しだけ…
辺りはいつしか暗くなっていて見上げると星が瞬き始めていた。
見上げながら気持ちを落ち着かせる。
ホントはこの腕を引っ張って胸の中に抱きこんでしまいたいけれど…。
俊はつないだ手をもう少し強く握りしめるので精いっぱいだった。
<END>
+あとがき+
まだまだウブイ二人。
ウブイ二人を書いてるともっと進んだ二人を書きたくなってくる…
そんな衝動を思い出しました。
でも時系列に並べるってことにしたからぁ…
もうちょい先ですね^^;
夏の夕暮れ
時間も6時くらいになると、陽も少し傾いて、日中のうだるような暑さは
幾分和らいでいた。
午後からずっと教室に缶詰めにされていた蘭世は、
歩きながらう~んと大きく伸びをした。
あけぼの中学では数日前に終業式が終わり、夏休みに入ったところだったが、
1学期の成績が仇となり、蘭世とそして俊はそろって補習に呼ばれていたのだ。
それも今日で終わり。
普通なら補習最終日の帰宅時間ほど開放的なときはないように思えるが、
蘭世にとっては、それはそれは悲しい時間だった。
大嫌いなお勉強とはいえ、俊と2人だけの補習は(もちろん先生もいるのだが)
何か2人の共有時間のように思えて心躍るものだったから、
それが終わってしまうのはさびしさを感じずにはいられないのだ。
午後から机に縛り付けられていた体には、伸びをすることで
穏やかに緊張がほぐされ心地よい感覚が戻ってきたが、
心は物悲しさでいっぱいだった。
それにひきかえ、俊はけだるそうに歩いているものの、
ようやく連日の補習から解放されたからか、表情は明るい。
(そうだよね…ふつうは嬉しいよね…)
そう思うと蘭世ははあと小さく息をもらした。
「なんだ?しけたツラして」
俊はそういって隣で表情を曇らせている蘭世に気づき声をかける。
「なんでもなーい」
言ったところで補習は終わってしまったのだからどうにもならないのはわかっている。
蘭世は思いをぶつける術もなく、一人でふてくされたまま。
「せっかく補習が終わったってのに、いやに不機嫌だな?」
俊は首を傾げながら聞くも蘭世からの返事は返ってこない。
蘭世としてもただの八つ当たりだとも、せっかくの俊との帰宅の時間だとも
わかっていながら、
一度心を占めてしまった悲しい気持ちは、なかなか振り払えず
どう答えていいかもわからなくなっていた。
補習が終わってしまうのをさびしく思うのは自分だけだということが深く心に刺さる。
俊と自分の心の距離を激しく思い知らされたようで悲しくなるのだ。
(このまま休み中会えなくなるのに寂しく思うのは私だけなんだよね…)
それでもこのままだとせっかく補習最後の2人の帰宅が気まずいまま終わってしまうことにも
耐えかねて、蘭世はそっと俊の様子を見ると、
それと同時に俊も蘭世を見ていた。
蘭背は驚いて慌てて眼を逸らす。
しかし、それにカチンと来たのは俊。
ムッとした表情で蘭世を睨む。
「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「な、なんでもないよ」
「じゃあさっきから何だよ。その態度は」
「。。。」
蘭世は立ち止まってそのまま黙ってしまう。
その姿に俊ははあと大きく息をついた。
緊張感が走る。
気まずい雰囲気が2人の間に流れ込む。
先ほどまでの暗い気持もそれに後押しして、蘭世の目頭がじんわり熱くなる。
伝えたいことは山ほどある。
いかに貴方を想っているかということを…。
だけど、それを伝えられる距離にはまだ自分はいないのだ。
会えなくなるのがさびしいと訴えられる間柄ではないのだ。
その気持ちを知ってほしいだけなのに
伝えられないもどかしさと誤解されていく悲しさと…
そしてこんな空気になんてしたくないのに、ちょっとしたきっかけでなってしまう。
怒られるくらいなら逃げ出してしまいたかった。
そんな空気の中で俊がふと漏らした。
「何か俺…悪いことしたか?」
その言葉に蘭世ははっと顔をあげた。
すると俊が困った顔をして俯いていた。
蘭世は胸に違う痛みが走るのを感じた。
怒鳴られると思っていたのだ。
自分の煮え切らない態度は俊が最も嫌うことだとわかっていたから。
立ち止まった時点で「勝手にしろ」と置いていかれるものだと思っていた。
なのに、俊は去ってはいかずに、そして怒鳴ることもなく。
少し悲しげな表情で蘭世にそう聞いた。
俊にこんな表情をさせたことへの罪悪感。
自分の勝手な思い込みと気分のムラのせいで好きな人を困らせていたのだ。
「あ…ごめんなさい…」
蘭世は慌てて答える。
静かに俊がこちらを見た。
「真壁くんは何も悪くなくって…ただ…」
2人の間にざっと風が横切る。
言ってどうにもならないことは分かっているけど…
それでもこんな風に向かい合ってしまったら黙って立ち去ることもできない。
俊も黙ったまま蘭世の言葉を待っていた。
どれくらい時間がたっていただろう。
蘭世はふうと一呼吸するときゅっと口元を引き締めて気分を入れ替えた。
「ただね…ちょっとさびしくなっちゃっただけ☆
補習、今日で最後だし…真壁くんとの2人だけの補習も終わっちゃったなぁ…って…
それだけです…ハイ…」
言ったとたんに恥ずかしさがこみ上げて頬が熱くなる。
でもいつまでも落ち込むのは自分らしくない。
思いきって笑顔で明るく言ってみたが、言い終わるとどっと不安が押し寄せる。
なんつー子どもっぽいことを言ってしまったのだ…
蘭世はそう思いながらもちらっと俊の表情を探る。
俊はしばらく無言のまま蘭世を見ていたが、
「何だそんなことか」と表情を崩さずに振り返り再び歩き出した。
(やっぱそうなるよね…)
蘭世はガクっと肩を落としたものの、言ってしまえば少し気持ちが楽になった。
よくわからないけど、俊もいつもどおりに戻ったみたいだし…と
俊の後ろをまたついて歩いた。
すると俊が振り返らないままで言った。
「そういえばさあ…今日神社で祭りあるよな」
「え?祭り?」
急にふられた話題に蘭世は何のことかとそのまま問い返す。
「夏祭り」
「へえ…そうなんだ…知らなかった」
「行ったことねえの?毎年あるぜ?」
「うん…ない」
「あーそっか、引っ越してきたんだっけ、お前」
「え?あぁ…まあ…」
引っ越してきたわけじゃないんだけど…と心で苦笑しながらも
家の外のことなんて中学に転入するまで蘭世は知る由もなかったから
もちろん夏祭りのことだって今日が初耳だ。
すると俊がさらっと言った。
「ふーん…じゃあ行ってみるか?」
うつむいたままだった蘭世は俊のその言葉に立ち止まって一瞬言葉を失った。
あまりにも普通に流れるように言われたものだから
言葉の意味を反芻するのに時間がかかったのだ。
「…え?」
「だーかーらー。祭り。補習もせっかく終わったってのに、
そんな暗い顔されてるとこっちまで気が滅入るだろ」
そういって俊は振り返ると悪戯っぽくはにかんだ。
「え…もしかして…一緒に?」
「は?一人で行ったってしょうがねえだろ。ほら行くのか行かねえのか?」
蘭世はぱっと表情を変える。
それは夕暮れに照らされたヒマワリのように明るかった。
「行く!行きます!ぜひ行かせて下さい!」
俊はそれを聞くとぷっと吹き出す。
「現金な奴だな。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたくせに」
「だ、だって…真壁くんが誘ってくれるなんて思ってもみなかったから…」
俊ははっと息を飲んだ。
心から嬉しそうにほほ笑むその笑顔に一瞬目を奪われた。
そしてそれを悟られないようにぱっと眼を逸らすと
「ほらさっさと行くぞ」とわざとぶっきらぼうに言った。
それでも一瞬にして晴れやかな気分に一変した蘭世には俊の悪態はもう耳に入ることなく、
「うん!」とだけ言うとニコニコしながら飛び上がるように歩きだしていた。
俊はあっけにとられたものの、一目でわかるその嬉しそうな後ろ姿を見てふっと笑った。
「…単純」
「うん?何か言った_」
笑顔で振り向く蘭世に俊は「別に?」と言うと蘭世の頭をくしゃっと撫でた。
「あ!もう髪の毛が…!」
そういって蘭世は俊の手を払いのけようと抵抗するとその腕をパッと俊に捕まれた。
(えっ…)
ドキンと心臓が高鳴る。
その瞬間に蘭世はピタリと動きを止めざるを得なかった。
俊の強い瞳がまっすぐこちらを見ていた。
その瞳に射すくめられたように動けなくなった。
しかし、その刹那。俊は何事もなかったように黙って蘭世の腕を離すと
そのままポンと頭を叩いた。
(真壁くん…?)
蘭世の視線から逃れるように俊はくるりと振り返った。
「行くか」
「…う、うん…」
そううなずいて蘭世は俊のとなりに駆け寄った。
「お祭りってどんなの?」
「あ~?まあいろいろ店が出たり、盆踊りしてたり…」
「へ~。楽しみ☆」
「食い過ぎんなよ」
「そ、そんなことしません!」
そう言い合いながら歩く。
(気使ってくれたんだよね…私イジけてたから…)
そう思うと蘭世は自分のこどもじみた行動に恥ずかしさを覚えながらも
嬉しくて顔がゆるんだ。
(やっぱり優しい…真壁くんは…)
そう思いながらもさっきの俊の視線を思いだすとドクンと胸が弾けた。
(さっきのは何だったんだろう…)
それだけが心の奥にひっかかったままで首をひねる蘭世だったが、
この後の楽しいイベントに思いをはせると足取りも驚くほど軽くなるのだった。
<END>
+あとがき+
不器用な二人デスね
俊のわけのわからない(笑)硬派な感じが出てればいいんですけど^^;
Charmingly naive
俊×蘭世 中学時代 俊転生前
「あ~あ…掃除当番なんてつくづくついてないのだ…」
モップ状の箒の手元をあごで支えながら蘭世は教室の窓から外を眺めていた。
放課後の校内はざわついている。
そしてこの無秩序に行きかう学生たちの中に、きっと蘭世の想い人はいない。。。
箒を振り回して遊んでいる男子たちや手より口の方が頻繁に動いている女子たちは
一応、形だけの「掃除」を行っていた。
蘭世もそれらのクラスメートたちと寸分も違わずに、
心ここにあらずのまま、手だけを惰性で動かしていた。
蘭世の想い人ーーー真壁俊ーーーは
終了のチャイムが響いた途端、誰よりも早く教室を飛び出していった。
いつも通りの光景。
そこに付け加えるなら、神谷曜子と蘭世が競い合うように
そのあとを追いかけるといった感じ。
しかし、今日は不幸にも蘭世は掃除当番で、
俊と勝ち誇った顔の曜子を泣く泣く見送ったのだった。
「神谷さん、絶対真壁くんを追いかけて行ったはずだわ。
あぁ…真壁くんが神谷さんを振り切ってくれてますように!!」
誰に言うわけでもなく、蘭世はひとり呟いて両手を目の前で祈るように組んだ。
この中学に転校生として入学して以来、俊のとりことなってしまった蘭世。
ここぞといつもアプローチをかけているものの、曜子の邪魔が入ったり、
俊のそっけない性格が災いして
効いているのかいないのか、ちっともわからない。
「女心が全くわかってないんだから」
ととりあえず目の前にあるゴミ箱に持っていた箒で当ってみる。
「ちょっと蘭世!何やってんのよ」
振り向くと小塚楓があきれ顔で立っていた。
「あ…かえでちゃん…アハハ」
「ったく…掃除終わったよ。とっくに」
「あれ?」
辺りを見回すと掃除のために移動されてた机もすっかり元通りに並べられ、
当番だった生徒たちもいそいそと帰る準備を始めていた。
いつものテンションの蘭世ではなく、
それに気づいた楓は蘭世に声をかけた。
「ぼぉっとして、どうしちゃったの?」
「あ、ううん。なんでもなーい」
「…どうせ真壁くんのことでしょう」
楓はニヤニヤ笑いながらひじで蘭世をつつく。
「げ…なんでバレちゃうの?」
「蘭世見てればわかるわよ。真壁くんがいるのといないのとじゃ
大違いなんだもん。カマかける必要もないわ」
苦笑いする楓に、蘭世はアハハと頭をかいた。
「だってさ…真壁くんったら気づいてるのかどうなんだか。
いっつもはぐらかせてばかりで…。のれんに腕押しってこういうこと?」
「へぇ…蘭世でもそんな言葉知ってるんだ」
「ぶ☆そ、それくらい知ってます。。。」
クスクスと楓は笑った。
蘭世をからかうのは面白い。
いつも大真面目で、素直で、一生懸命で…。
だから、楓はそんな蘭世が大好きなのだ。
「でもさ、…のれんに腕押しってわけでもないんじゃない?」
楓の言葉に蘭世が反応してすばやく振り向く。
「なんで?どうして?どのへんが?」
「いや。だって…その…真壁くんってさ、蘭世が転校してきてから
少し変わったかなって…」
楓は蘭世の勢いにたじろぎながらもそう答えた・
「うそ!?」
「ホント。前はもっとピリピリしてたし、せっかくのイケメンなのに怖くて、
神谷さん以外に話しかける女の子もほとんどいなかったわけだけど。
でもなんだかんだいって、蘭世とはよく話してるじゃない?」
楓の目から見ても俊の変化は著しい。
俊が曜子以外の女の子とまともに会話するなんて光景を
目にしたことがいったい何度あっただろうか。
蘭世に対しても悪態めいたことはついているものの、
傍目から見ると案外楽しそうに見える。
笑顔だってこぼれるくらいで、
明らかに蘭世が彼を変えているといっても過言でないように思う。
「う~ん…でもそれは私が一方的に話しかけてるだけで…」
「他の子ならあんなに会話続かないと思うよ。
神谷さんなんかもっと一方的に見える…」
そういうと曜子の姿を思い出したのか、楓は苦笑した。
「ほ、ホント?」
蘭世は瞳を潤ませて上目づかいに楓を見ると
楓はにっこりとほほ笑んだ。
たぶん、
こういうところがあの硬派に丸みを持たせだしたのだと…
「そうかなぁ…でも楓ちゃんにそういってもらえると私、なんか元気出てきた!」
蘭世は右手でこぶしをぎゅっと握りしめてほほ笑んだ。
*****
楓と別れて一人家路につく。
「そっか…真壁くんは変わったのかぁ…よくわかんないけど」
うふふと一人でにやけてしまう。
「でもなぁ…だからって今の関係から発展ってあるのかなぁ…
神谷さんもいるし…」
空を見上げながら蘭世は歩いた。
俊の姿を思い浮かべる。
はにかんだ笑顔がそこにあって、蘭世はふっと口元を緩ませた。
「早く明日にならないかな~☆早く真壁くんに会いたいよ」
そう一人つぶやいた時、四つ角の一角から誰かが飛び出してきて
蘭世は出会い頭にぶつかった。
「うわっ!」
「…った…ご、ごめんんさい…ぼーっとしちゃってて…」
蘭世は顔を上げた瞬間、あっと息を飲んだ。
「真壁くん!」
「なんだ。江藤か…。今帰りか?遅えな。」
(会えちゃった…)
あまりの偶然に蘭世はあんぐり口をあけたまま放心していた。
「何やってんだ?帰らねえのか?うち、こっちだろ?」
俊は親指で先の方向を指しながら蘭世の顔を覗き込んだ。
「あ…あぁ…うん。真壁くん、どこか行ってきたの?」
一目散に教室を出て行った割には俊はまだ制服姿のままだった。
「あぁ…おふくろの病院。ちょっと用があってな。」
俊の母親が病院に勤めていることを知ったのは記憶に新しい。
「そうなんだ」
何はともあれ、こうやって会えたのはラッキーだった。
掃除当番にも感謝というもので・・・
「やたらにやけてんな、お前。なんだ?気持ち悪いぞ」
俊はあきれ顔。
しかし、そんな皮肉なんて蘭世にしてみたら全くまるで
愛の囁きのように聞こえるのだからなんてことはない。
「今日は神谷さんもいないし…えへへ」
そういってほほ笑む蘭世に俊は首をすくめた。
「そんなこと言ってるとまた襲われるぞ」
蘭世はつい先日、曜子の仕掛けた男に襲われそうになったばかりだった。
ちょうど俊も通りかかりあやうく難を逃れたのだが…。
「そしたらまた真壁くんが助けてくれればいいな~v」
「あのなぁ…俺はお前の子守りばっかしてらんねーの」
「あー!子守だなんて失礼しちゃう!レディに向かって!」
「れでぃ?どこだ?レディ」
そういって白々しくあたりを見回す俊に蘭世は「もう!」と頬を膨らませて
カバンを頭上に掲げた。
俊はそのカバンをよけるようにして右手でつかみ引っ張った。
その拍子に蘭世は前のめりによろける。
「あ…」
「おっと…」
そう言ったのと同時に、蘭世の華奢な身体は俊の腕に支えられた。
お互いに思わずカバンを手から放したため、無音の中で
カバンが落ちる音だけが響いた。
時が数秒間止まった気がする。
それなのに、蘭世は自分の鼓動だけがいつもより数倍もの速さで動くのを感じた。
ただ単に、驚いただけでなく、
俊の腕の中にいるという事実にこの先の展開が飲みこめない。
掴まれてる腕に、支えられている背中に
熱が帯びる。
そして急に蘭世の思考回路が再び動き出し、蘭世は我に返った。
慌てて、俊の胸に預けていた身を立ちなおらせる。
「ご、ごめんなさい///」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
俊がじっとこちらを見ていることがさらに蘭世を緊張させた。
いたたまれなくて、こっそり上目づかいに俊の表情を盗み見ると
バッチリ目が合ってしまった。
(わっ!!!)
盗み見るという妙に後ろめたい行動をしたせいで、
さらに決まりが悪く、蘭世は慌てて目をそらすようにうつむいた。
そんな蘭世の頭の上にポンと俊の手が置かれた。
「…そういうとこがぁー、面倒見なきゃいけない気になるって言ってんの!」
「えっ!?」
一瞬ののち、蘭世が俊を仰ぎ見た瞬間、カバンをポンと投げ渡され、
俊はもう一歩先を歩こうとしていた。
「それって…どういう意味…?」
蘭世は一人でつぶやいた。
「それって…!」
俊にもう一度ちゃんと聞こうと蘭世は声を大きくしたが、
俊はもう何歩も先に行ってしまっていた。
「早くしねえと置いてくぞ」
カバンをかけた肩越しに俊の声が聞こえる。
「え…あっ…待って…」
蘭世はひとまず言葉を飲み込んだ。
その後の答えをいつか聞けるのかな…?なんて…
蘭世は心臓のドキドキを隠せないまま俊の背中に駆け寄った。
夕焼けが二人の長い影を作る。
ここちよく爽快な風が二人の間を駆け抜けた。
<END>
+あとがき+
以前、「passe-tenps」の一ノ瀬麻紀さんにプレゼントさせていただいた作品です。
移行に伴いちょこっとだけ修正しましたが。
王子がまだ人間だった時代、
まだまだウブイ二人が好きですw
ただ、これを書いたころからも年月が経ちすぎて
思考が甘い感じになかなか戻らないのであります(笑)